日本リヒテンシュタイン協会
Japanisch-Liechtensteinische Gesellschaft

 

世界の切手収集家を魅了するミニ国家の切手(最終回)

航空切手の持つ魅力

 飛行機で郵便物を運ぶ航空郵便用の切手のことを航空切手と呼んでいる。1917年にイタリアで発行された加刷切手がその嚆矢だが、飛行機の発達と共に、その早いと言う利便性から海外向けの郵便物は船から航空機へと主役交代が行われた訳だ。早いと言うサービスが付加される分だけ郵送料金は高くなるのは当然だ。従って、航空切手の券面額は高額になる。又、図案も飛行機や飛行船、鳥と言った空に関連する事物が採用された。リヒテンシュタインの航空切手は1930年から1960年まで発行された。その後は普通切手の中に航空郵便に対応する券面額の切手が発行されるようになり、航空郵便専用の切手と言うのは姿を消している。この事は世界各国でも事情は同じである。此処では1930年から35年までのリヒテンシュタインの航空切手を紹介する。

 こちらの6種が1930年に発行された航空切手である。図案は3種類あって、氷河上空を飛ぶフォッカー複葉機、ファドゥーツ城上空を飛ぶフォッカー複葉機、ライン川上空を飛ぶフォッカーアインデッカー機である。低額面が単独で航空郵便に使用された例はなく、普通切手との併用で航空便以外の書留等に使用される例が多かった。
 リヒテンシュタインには空港はなく、航空便は大半がスイス経由で行われる。

 1929年8月にドイツのツェッペリン伯号が北半球の世界周航を成功させて以来、硬式飛行船が脚光を浴びた。
 以来暫くの間、飛行船が空の主役となり、その就航に合わせて郵便物をツェッペリン号が運ぶと言う時代があった。飛行船を描くこの切手はその事を目的に1931年に発行された。

 利用料金は非常に高いものだったので、切手の券面額も1Fr、2Frと高額だ。
 飛行船が運んだ封書をツェッペリン・カバーと言い、航空郵趣の花形である。

 1934年に発行されたのがこのAdlert(鷲)を図案にしたシリーズである。
翼を大きく広げて大空を飛び回る鷲の雄姿は各国でも航空切手の図案にも採用されている。これらの切手の版式はグラビアで、スイスのクールボアジェ社が担当している。又、この切手には裏糊が平滑糊とグリル糊の区別がある。只、糊自体に違いがあるのではなく用紙が違っているのである。
 グリル糊の切手は裏面を見ると網目状の加工が施されているのが判る。グリルと言う呼称はそこから来る訳で、使用済みでも見分けがつく。グリル糊紙の事をドイツ語ではGeriffeltes Papier(溝付き紙)と呼んでいる。

 この2種セットは1931年に発行されたツェッペリン図案の後続版である。
 1931年版は色調もダークで風格と重厚さを併せ持つのに対して、後続版の方は品位と華麗さが際立っている。これもAdlertシリーズに引き続きスイスのクールボアジェ社が印刷を担当した。1Frの方の図案はシャーンの教会の上空を飛ぶヒンデンブルク号(LZ129)を描いているのに対し、2Frはシャーン上空を飛ぶツェッペリン伯号(LZ127)を図案にした。

 自国の野鳥と題する1939年に発行された航空切手である。カモメ(15Rpと20Rp)、ノスリ(30Rp)、大鷲(50Rp)、鷲(1Fr)、ハゲ鷲(2fr)が図案となった。これらもクールボアジェ社が印刷を担当したものであった。

最終回にあたってのご挨拶

 さて、9回に及んだこの連載も今回でもって最終回となった。切手という一枚の小さな紙から、紡がれる物語はいかがであろう。この連載から、リヒテンシュタイン侯国と郵趣に少しでも興味を持っていただければ筆者としても嬉しい限りである。

◀︎◀︎ 第八回「1960年代から80年代に掛けての華麗な切手群」

(完)