日本リヒテンシュタイン協会
Japanisch-Liechtensteinische Gesellschaft

 

世界の切手収集家を魅了するミニ国家の切手(6)

ウィーンのリヒテンシュタイン美術館の開園にちなんだ美術切手群

 歴代の侯爵達がオーストリアの都・ウィーンで暮らしていた事は前述した通りだが、今でこそファドゥーツ城を居所と定めて国民と共にリヒテンシュタインに住む現侯爵のハンス・アダム二世の心の拠り所はやはりウィーンである。
 事実、ウィーンの中心部バンク通りには侯爵家が所有するシュタッド・バレー(都市宮殿)や郊外のロッサウには‘夏の宮殿’と呼ばれる豪華な離宮がある。
 2004年のこと、その夏の宮殿が大幅に改装され侯爵家の主要なコレクションを常設展示するリヒテンシュタイン美術館としてオープンした。この事に因む形で侯爵家のコレクションが再度切手として発行されたのである。この切手発行に当たっては、オーストリアでも同一図案で共同発行する‘ジョイント・イッシュー’方式が採用された。

 ルーベンスの「鏡のビーナス」、アメリングの「夢に浸って」と「マリー・フランツィスカ・リヒテンシュタイン侯女2歳の肖像」の順に並べてある。バロック美術の巨匠・ルーベンスの作品は言及するには及ばないが、アメリングと言う画家は一般には馴染みが少ないかも知れない。正式にはフリードリッヒ・フォン・アメリングと言って、1809年にウィーンで生まれている。19世紀の前半にドイツやオーストリアを中心に、身近で日常的なものに目を向けた市民文化を芸術の分野で表現しようとした‘ビーダー・マイヤー美術’の代表的な画家として知られている。読書と言う日常の行為の合間にふと見せる若い女の何気ない表情を「夢に浸って」は巧く表現しているし、純粋無垢な幼い侯女の寝顔は可愛らしくて何とも言えない。
 乃木坂でのリヒテンシュタイン展では、アメリングの二点が展示されていて、話題を集めていた。現代人には宗教色の強いルネサンス美術や見る者を圧倒してしまうような迫力満点のバロック美術の絵画よりも、ビーダー・マイヤー芸術の方が受けたらしい。対象が日常的なだけに、理解し易いのだろうし、表現も感性に直接響いて身近に感じられる所為であろう。
 しかし、何と言ってもコレクションの中で素晴らしいのはルーベンスによる絵画である。絵画コレクションの嚆矢ともなった傑作・「デキウス・ムスの連作」は残念ながらリヒテンシュタインの切手としては発行されていないが、「歌う天使」と二人の息子たちを描いた「アルベルトとニコラスの肖像」、ギリシャ神話を題材にした「ケクロブスの娘たち」の三点は1976年にルーベンス生誕400年に因んで多色刷で見事に名作が切手に再現された。(下図)

 この三種の切手は彫刻凹版とグラビアを掛け合わせたもので、ザンメル凹版と呼ばれる美術切手でよく採用される精巧な印刷技術で製造されている。印刷はオーストリアの国立印刷局が担当した。重厚さと華麗さを兼ね備えた美術切手の傑作だと言っても過言ではない。
 神話を題材にしたルーベンス作品の傑作の一つに「闘神マルスとレア・シルヴィア」があるが、これも侯爵家のコレクションであって、2012年の乃木坂でのリヒテンシュタイン展に持ち込まれ鑑賞者を圧倒していた。剛腕で無法者の荒神マルスが若い娘に一目惚れして、我がモノにしようと突然現れて強引に襲い掛かる場面を迫力ある構図で描いたものだ。恐怖に怯えるシルヴィアの表情が見事に表現されている。この作品は2000年に切手になったのだが、残念な事に、切手のサイズが小さ過ぎて、この大作の迫力を表現出来ていないのだ。此処でご覧に入れたのは、切手の発行に合わせて発売されたマキシマム・カードである。迫力表現不足の切手はカードの左下隅に貼られ、記念特印が押されている。

 MC(マキシマムカードの略記)に頼らざるを得ないとは情けないと思いつつ、それでもやっとの思いで入手したこのカードを私は大切にしている。